校長ブログ34

校長ブログ080908 「クスノキを訪ねて」

 

 大雨の影響で、休校明けになりましたが、週の初めの全校朝会を体育館で行いました。今日は、昨年に引き続き、平和について考える機会にしたいと思い、次のような話をしました。五小のクスノキとつながっている話として、子供たちの心に残ってほしいと願って、一生懸命お話ししました。

 

 『この写真は、私たちの学校のクスノキです。いつも私たちを見守ってくれていますね。今日は、クスノキのお話を通して、みなさんと平和について考えたいと思います。

 先生は去年、長崎市に行きました。この写真は、平和公園の平和祈念像です。去年のお話を覚えている人はいますか。高く上げた手は、空をさしているのではありません。81年前、原子爆弾といって爆弾の中でも、核の力を使ったものすごく怖いものが、この手の方向、500mの上空でさく裂したのです。そして、街全体を4000度の爆風で、一瞬にして吹き飛ばしてしまったのです。横に伸ばした手は、平和だった人々のくらしを表しています。そして目をつむっているね。亡くなった人たちにお祈りをしているのです。

 近くの神社の片足鳥居です。爆風で半分が吹き飛ばされてしまったのです。神社の入り口にある、大きな2本のクスノキは、爆風で幹は折られ、熱で焼かれ、枝は吹き飛ばされたのに、なんと生きていたのです。

 校長先生は、このクスノキに会ってきました。神社の前に立つと、クスノキは葉を茂らせて堂々とそびえていました。近づいてみて、ハッとしました。幹は真ん中から大きく裂け、治療されていました。幹の中には、爆風で吹き飛んできた真っ黒の石が、そのまま残っていたのです。クスノキは、「2度と戦争はしてはいけない」と言っているように思えました。これが去年の夏のクスノキの話です。

 今年、先生は、戦争から81年が過ぎた広島市に行きました。この町にも、原子爆弾が落とされたのです。公園に花が飾られているね。8月6日の平和記念式典の翌日に訪れたのです。正面の建物は「原爆ドーム」です。爆風で吹き飛ばされ、骨組みしか残っていません。81年前のこの日は、晴れて青空が広がっていました。ここは、町の中心地です。たくさんの人が生活していました。朝8時15分のことでした。

 資料館の写真です。三輪車にのって笑っていた子供はいません。残されたのは、このような形になった三輪車でした。真っ黒に焦げたお弁当箱です。学生さんはこのお弁当箱を大切に抱えて、この朝元気に出かけたのでした。公園には、鶴を折り続けながら亡くなった女の子の像がありました。今でも、世界中から平和を願って、折り鶴が届けられてきます。「平和な世界は創れる。私たちが力を合わせれば。」とメッセージにありました。

 広島にも生き残ったクスノキがあることを知って、6月に電話で広島高等裁判所の方に見学をお願いしました。そうすると、五小の子供たちのためにお役に立てればと、校長先生が来るのを待っていて案内してくれました。

 これが広島の被爆したクスノキです。すごく立派ですね。つらいことに負けないぞとたくましく育っていますね。でも、よく見てください。気が付くことはありませんか?少し傾いていますね。実は、爆風の熱に焼かれて、この木も傷つきました。そして、焼かれたほうが成長できなくなってしまい、その反対側が成長したので、このように曲がってしまったのです。決して元気いっぱいではなく、苦しさや悲しさをいっぱい抱えて、それでも頑張っている姿でした。そのことを丁寧に教えてくださった裁判所のみなさんにお礼を伝えて、クスノキと別れました。それが、この夏のクスノキのお話です。

 平和が大切なのは、みなさん分かっていると思います。でも平和は、どこにつくるのでしょうか。それは、私たちの心の中だと思います。広島の6年生が、平和記念式典でこう話しました。「平和とは、誰かから与えられるものでなく、世界中の人々で創り上げるものです。」そうです。平和は当たり前ではないのです。みんなで創っていかなければいけないのです。今も世界のどこかで、争いがありますね。それは、悲しいことですが、私たちの周りに起こりうる、いじめや暴力「死ね」という言葉も同じだと思います。

 たとえ意見の違いがあっても、受け止めて分かり合う努力をすること、青信号のあたたかい言葉を使って、助け合って協力し合うことが、平和をつくると校長先生は信じます。五小は、「クスノキ」の縁で、広島や長崎とつながっています。だからこそ、平和な学校を作っていきましょう。みんなも先生たちも、おうちの人も地域の人も、そして、広島の裁判所のみなさんも、みんなそれを願っています。

 このお話が、みんなの心に届けられたら、校長先生はとても嬉しいです。』